ちょいわる親父の談話室

カトリック豊島教会に関して(その1)

カトリック豊島教会では過去から、現在も相変わらずまじめに教会維持費や献金などをしてきている信徒にたいして、収支を正しく明らかにする義務と責任があるのに、その信頼を裏切るような、まちがった、大変失礼な収支報告(決算報告)が平気で毎年のように信徒総会で行われてきております。

登場人物

ちょいわる親父A(豊島教会信徒60歳代)

ちょいわる親父B(小教区信徒70歳代)

ちょいわる親父C(小教区信徒50歳代)

ちょいわる親父D(豊島教会信徒70歳代)

ちょいわる親父E (豊島教会信徒70歳代)

ちょいわる神父F(本部修道院K神父)

ちょいわる神父G(小教区主任司祭H神父)

ちょいわる神父H(修道会Y神父)

<ちょいわる親父A>

これが最初の”臨時総会”(2011年2月27日)で配布された2010年度の決算報告書で、A4判で表裏両面印刷の1枚だけのものです。(資料室)

<ちょいわる親父B>

どこかの町内会の決算報告書の方がもっとましだね。前期繰越金、次期繰越金、預金残高などの項目がないのはどうして?

<ちょいわる親父A>

変でしょう。

<ちょいわる親父B>

こんな決算報告書があるの? 常識外の決算報告書だね。

<ちょいわる親父C>

このような決算報告書ははじめてだね。

<ちょいわる親父A>

過去には高松教区の一粒会の収支報告書が、提出先によって繰越金が出たり、引っ込んだりしたことが裁判で発覚したことはあったね。 その一粒会の建設費口座に寄付金の3000万円がネオ神学院の土地購入代金として使用されていたことも、また別の寄付金から口座に入金せず直接ワリコー(無記名債券)を4000万円購入したことも発覚している。

<ちょいわる親父B>

そのような話は高松教区だけの話ではないような気がするね。日本のカトリック教会全体がずさんな会計処理に日常的に慣れてしまっているかもしれないな。

<ちょいわる親父A>

日本のカトリック教会は、いくらでも不正ができる環境をそのまま容認しているのだろうか?そうだとすると献金者を馬鹿にしていますね。ひどい話だな。

<ちょいわる親父C>

容認というより放任だろう。どこの宗教法人も似たり寄ったりじゃないの?

<ちょいわる親父A>

2月27日の臨時総会では会計担当者の野氏が壇上から歯切れよく説明していたが、その内容には、びっくりした。つまり彼の説明だと繰越金や預金残高とか計上したものを公にすると外部の人間に悪用?されるから決算報告書には表記せず判らないようにしたと、理由にもならない、わけのわからない説明をしていた。 もちろん、抗議をした信徒もいたが、浦野雄二主任司祭は、(抗議内容)は”文書で”出せというし、教会委員の中には”多数決で”という者もいた。
繰越金や預金残高を決算報告に入れるか入れないかは、文書で申し入れするとか、多数決で決める問題ではないと思うが。入れないのがおかしいということが理解できないのかもしれないな。

<ちょいわる親父B>

当たり前の話だわな。まったくわかっていないね。

<ちょいわる親父C>

その会計担当者は頭がおかしいよ。

<ちょいわる親父A>

浦野神父はすぐ、なんでも文書で出せという癖があるのだが、このような神父ははじめてだね。

<ちょいわる親父B>

問題点が理解できていないから、文書で出せとか、多数決でどうだとかの話になるのだろうね。

<ちょいわる親父C>

馬鹿なことを言うなと怒鳴りたくなるね。

<ちょいわる親父B>

文書で出せということは信徒との対話を最初から拒否しているような感じだね。どんなことでも信徒との会話を積極的に優先するようにしないと両者の間に溝ができるわな。それじゃ主任司祭はつとまらないわな。浦野神父は主任司祭の役は初めてなのだろう。うれしくてはしゃいでいるのではないかな。 そのような話の会計報告だと外部云々より教会の内部分裂に普通はなるわな。

<ちょいわる親父C>

そのくらいわからないのかな?

<ちょいわる親父A>

別件で浦野神父に問い合わせした信徒も文書を出せと言うので出したという話だった。返事をもらったかどうかは聞かなかったが。

<ちょいわる親父B>

司祭館に呼んで話をすれば済むような内容だろうに。電話でも済むんじゃないの、内容によっては?その程度の努力することは主任司祭として当たり前だろう。教会委員はどうしていたのかね?

<ちょいわる親父A>

高松の裁判でも裁判長から同じようなことを深堀司教は言われていたね。なんで話し合いをしないのかということだろう。

<ちょいわる親父C>

自分の周囲には教会委員などを含めて気にいった連中だけとしか会話できないようだと主任司祭として問題ではないだろうか?

<ちょいわる親父A>

あとは子供とだけの会話か。教会そのものが仲良しクラブ見たいな感じだね。お粗末だね。

<ちょいわる親父B>

決算報告書の基本が出来ていないし、預金残高など故意に隠ぺいすることをなんとも感じないところが問題だろう。

<ちょいわる親父A>

教会委員のなかで正しい報告をさせる人がいないということも問題だし、残念だと思う。慢性的に間違いに不感症になっている感じだね。主任司祭も含めて教会委員が、そんな報告書で信徒を納得させようとしたのが残念だね。

<ちょいわる親父B>

ふざけた話だわな。

<ちょいわる親父C>

ひでえ、話だな。無知と言われてもしょうがないな。誤りを指摘されたら確認してすぐ訂正しないの?

<ちょいわる親父A>

いまだに訂正されたものが出ていない。信徒みんなに報告されていないと思う。

<ちょいわる親父B>

世間では通らない話だわな。

<ちょいわる親父C>

それで、その後どうした?

<ちょいわる親父A>

総会の後、聖堂出てから会計責任者のI野氏がもともと預金残高などを記載してある書類をもってきた。3,4人で立ち話をしたが、そばで浦野神父は耳をそばだててじっと聞いているだけでその場ではなにも言わなかったね。

<ちょいわる親父A>

あるご婦人がI野氏は会計学の専門家でどこかの大学で教えていると言うので会計担当者としてふさわしいと信用していたが、とんでもない、デタラメな話だった。このご婦人の情報はその後も当てにならないデタラメ情報が多くて困った。
野氏の説明だと、浦野神父自身が総会ではそこまで詳しく報告する必要がないのではと言ったようだ。

<ちょいわる親父B>

しかし主任司祭がそう言っても、それをそのまま受けた教会委員もどうかと思うね。

<ちょいわる親父C>

指摘された誤り箇所について主任司祭も教会委員も理解しているの?

<ちょいわる親父A>

おそらく理解できていないかもしれない。世間の常識がないといわれてもしょうがないね。 失礼ながら、もともと聖職者は世間の常識を知らない方が多いが、それをフォローしてあげるのが信徒でしょう。しかし、フォローする側がこれまた常識がないと、常識がない神父と常識が無い信徒がくっつくと大きな問題を起こす原因となるのが日本のカトリック教会のパターンかもしれない。まさに浦野神父とそれにくっついている教会委員がそうだね。教会の中枢に無責任なダメ人間が大勢巣食っているいる感じ。 間違っているという自覚がないから困る。指摘されても理解できないのか、是正しようともしない。それともわかっていながらあえて是正を拒否しているのかな?I野氏には他の信徒からも何回も指摘されているはずだけどわからないようだ。怒鳴りたくなるよ。怒鳴っても直さない。直さないのが正義だと思っているのかね。

<ちょいわる親父B>

でも、おたくの教会では、教会委員や委員長もしているかたで結構インテリもいるはずだし、近くの有名私立小学校の先生もいるでしょう。教区本部で以前会ったことあるよ。温厚そうな人だったな。その先生、決算報告のことがわからないのかね。学校ではいろいろ行事があるだろうから、残高もわからない収支報告したら、父兄会でつるし上げを食らうこと間違いないよ。一般の会社や上場会社でも担当者がいいかげんな会計報告したら大問題になるよな。 社長の責任問題になって場合によっては社長も首だわな。

<ちょいわる親父A>

浦野神父も教会委員も無責任と言われてもしょうがない。献金は天からのいただきもの程度の認識かな?だから、正確な報告はいらないということかもしれない。

<ちょいわる親父C>

さっき言われたようにまさに仲良しクラブの感覚じゃないの。信徒に対する責任を果たすのなら当然のことながら、間違っていました、すいませんと謝罪して収支報告書の訂正版を至急出すわな、簡単なことじゃない。なんでそのような責任を感じないのかね?

<ちょいわる親父B>

一口で言えば、傲慢だからさ。聖職者や教会委員という人種は傲慢な人間が多いよ。本当に。

<ちょいわる親父A>

そうかもしれない。それは彼らの言葉の端々からうかがい知ることができるね。

<ちょいわる親父B>

浦野神父もそうだがみんなのためにやってあげているんだという、傲慢さはあるね。俺は神父だ、主任司祭だ、教会委員だ、みんな感謝しろ、ということなんだろうね。デタラメな報告をして責任すら感じない原因はその辺にあるかもね。でたらめを是正できない主任司祭も教会委員とお互いの傷をなめあって慰め合っているようなものだね。一歩世間へ出れば、そのような主任司祭もダメ人間の典型だな。 間違った報告をしているという自覚と反省が無いから、豊島教会は旧態然として進歩がないわな。だから毎年同じ誤りを平然と繰り返しているとも言えるな。反省がないから進歩がないとはよく言われているわな。それとも過去に遡って不正がばれるのが怖いのかもしれない。それとも自分らの無知が公になるのが嫌なのかな。

<ちょいわる親父A>

自分たちの都合が悪いので預金残高や繰越金を公にしたくないということだろう。そう思われても仕方ない対応の仕方をしている。

<ちょいわる親父B>

そんな神父や教会委員はいらないんじゃない?まともな主任司祭はいないのかね?

<ちょいわる親父C>

教会委員たちも何かに固執している感じだね?なんだろう?豊島教会では教会委員をやるとなにかうま味があるのかね。

<ちょいわる親父A>

以前、毎朝7時のミサに出ていた人で、ミサ後夫婦で主任司祭から朝食をごちそうになっていた人がいたという話があったが、それが本当だとすれば、細かく計算すれば家計的には大助かりだろうね。それもあるご婦人の話だから当てにはならないけど。  バザーの余り物をみんなでただで持ち帰ったという話もある。せこいと言われていたが、本人たちはあまり気にしていなかったようだね。無報酬で活動してあげているんだ、これくらいは当たり前というところでしょう。 段々けじめがつかなくなってきている。うちあげにフランスレストランで食事したことも過去にはあったようだ。いずれにしても自分の金も教会のみんなの金も見境がつかなくなっている。
当たり前のことだが、カトリック信者だから100%善人だとは限らないということだ。豊島教会では聖堂の席においたカバンが無くなったことで、いまだに話がくすぶっているよ。

<ちょいわる親父B>

同じように神父だからといって100%善人だとは限らないさ。今の時代は、善い神父、善い司教を見極めて付き合っていく必要があると思う。それにはミサでの典礼のやり方を見ればわかるし、やはり説教だろう。だけど、逆に神父側から言わせれば、善い信者を見極める必要があると言われるだろうと思うが。

<ちょいわる親父C>

あなた方は厳しい言い方をしているが当たっているかもしれないな。だけど、典礼や説教だけではなかなか善人かどうかの見極めはつかないと思うよ。豊島教会では説教や司式の最中に、司祭の携帯電話が鳴ったり、個人的な話ばっかりしていた主任司祭がいたようだね。

<ちょいわる親父A>

真剣にミサを司式する姿は、今話題になっているピオ10世会の小野田神父や最近日本支部ができた、王たるキリスト宣教会(una voce japan)の植田神父などは立派だね。真剣そのものだね。二人は東大と京都府立医科大学だったと思う。善人だろうね。そのほかにも教区司祭では4,5人、修道会司祭でも5,6人はまじめ、真剣にミサをささげている。みんな若手で頼もしいね。やはり、善人だろうね。

<ちょいわる親父B>

だけど、小野田神父や植田神父はトリエントミサ、ラテン語ミサでしょう?

<ちょいわる親父A>

たまにはラテン語ミサもいいね。彼らのラテン語ミサは1962年以前のミサで昔の背面式だけどね。カトリックアクション同志会の年1回のラテン語ミサは現代版のミサをラテン語にしただけのミサだから、あまり意味ないと思うね。さて話を戻して、豊島教会の教会維持費についても帳簿金額と預金通帳金額と領収書封筒金額が合わなくなってくるのも、豊島教会では恒常的なこととしてあまり是正されることがないようだ。だから、面倒なチェック体制もできていない。

<ちょいわる親父B>

会計原則は数字が合わなければ速やかに原因を究明して是正するのが当たり前だが。

<ちょいわる親父A>

このようなわけのわからない傲慢な人たちを相手にするのはばかばかしくなるね。そこで、我々としてはきちんと収支報告が是正されるまで教会維持費や献金は10円から100円にしましょうと提案しているわけさ。そうすれば勝手に使いこみされても、被害にあったと言えるほどじゃないから、文句言う必要もないし、そうむきになって真剣に誤りを指摘する必要もないでしょうよ。ご苦労さん、勝手にやってくださいでいいんではないかな。

<ちょいわる親父B>

もともと教会委員でそんなに教会維持費を多額に収めている人はどこの教会でもいないのではないかな?

<ちょいわる親父A>

豊島教会で何年か前にちょっと手伝ったことがあったが、そのころで一番多額に収めていた人の維持費は毎月3万円ぐらいだったと思う。その人は教会委員ではなかったな当時は。その人は今も教会に姿を見せていない。ばかばかしくて他の教会へいったかもしれないな。

<ちょいわる親父C>

あんたもどこかへ転籍すれば豊島の連中は大喜びじゃないの。

<ちょいわる親父A>

だけどそれじゃ豊島教会は進歩もなく、デタラメの巣窟のままで世間から笑われるだけでしょう。そこへ足を運んでいる我々信徒たちも笑われるわけよ。まあ、主任司祭が変わったら考えようと思う。その時は世話になるかもね。このデタラメなやり方がどうなるか見極めたいね。豊島教会のデタラメな状況は、とくに会計の取り扱い方については、日本のカトリック教会の縮図だし、恥部だろうと思うよ。氷山の一角でしょう。 宗教法人特有のでたらめさであろう、という御仁もいるが、このデタラメな豊島教会のデタラメさをこのまま看過することはできないし、豊島教会の信徒にとってもまた将来の日本のカトリック教会にとってもこのままでは不幸なことだと思う。解決しておかなければならない問題でしょう。豊島教会から変えてもらいたい問題点の一つでもあるわけだから。

<ちょいわる親父B>

正しく会計処理をすること、そして正しく収支報告することは主任司祭、教会委員の義務だし責任でしょう。常識以前の問題とも言える。

<ちょいわる親父A>

まあ、主任司祭はデタラメだし、それにくっついている一部の教会委員や信徒もデタラメだし、とくに男性の教会委員はよくないね。教会委員になるということは他の信徒に対して責任があるということだから、誠心誠意で仕事はやってもらいたいね。主任司祭のためというより信徒のために。時には主任司祭と対立する時があっても、信徒のために仕事をすべきだと思う。それができなければ委員を引き受けないことだ。そうしないと本来的な意味で教会のためにはならない。主任司祭中心の仲良しクラブでは教会としての意味がない。主任司祭の能力にもよっても教会は良い方向にも悪い方向にも変わる。教会委員のI野氏が壮年会で自信がないと言ったから、(自信がなくてデタラメな収支報告をするんであれば)やめればいいんじゃない。かえって迷惑だと言ってあげた。そしたら同情票が集まって?教会副委員長に出世したみたい。 こういう体質わかる?問題の本質が全く分かっていないね。お互いの傷をなめあって同情するわけよ。厳しさがわかっていない。
年配のF井氏が野氏を擁護していたが、F井氏やU田氏などの年配者がもっと問題点を的確に把握して自分たちが過去にやってきたことの反省も含めて後輩を指導すべきだと思う。自分たち古参が今日の豊島を築き上げてきたという自負はあるものの、正しい方向で教会が維持されてきたと言えない現状が豊島にあることを理解していないのだろうと思うね。 かえって後輩たちのやることを軌道修正させないで、逆に悪い方向に行くことに無責任にも見て見ぬふりをしていたり、同調さえしている姿にはまったくがっかりさせられる。また逆に後輩たちはどうせ先輩たちも同じ間違いをやってきたことだし、自分たちは先輩のやってきたことを、そのまま踏襲してきているだけだからどうってことないと思っているのかもしれない。そうだとするとF井氏やU田氏のような今日の豊島教会を形作ってきた大先輩たちの責任は重いと言わざるを得ないね。
その豊島教会の歴史が、決算報告書の中に凝縮されているということを考え、気づくべきだと思う。 決算書は豊島教会の歴史を数字的に物語っているともいえる。 だからいい加減な数字の取り扱いは当然慎むべきだし、継続的な数字の歴史を自分たちの都合によって中断することは許されないということが当然要求されると思うよ。単年度決算のやり方は当然なじまない。 数字的な継続性を要求されているのが、通常の決算報告書であり、また会計学の原則でもあろうかと思うが、わかっていないのだろう。

<ちょいわる親父B>

豊島教会の先輩たちは何をしてきたのかね? 好き勝手にやっていることを放任してきたということか?自分たちも好き勝手にやってきたから後輩に今更言えないのかもしれない。

<ちょいわる親父C>

それとも、ちゃんと指導できる人材がいないし、いなかったということか?

<ちょいわる親父A>

今日の豊島教会の現状は善し悪しがあろうが、いずれにしても豊島教会の現状について先輩としての責任がないとは言えない状況だろう。彼らも教会委員や委員長であったしね。

<ちょいわる親父B>

岡田大司教が主張されているように、もっと開かれた教会を目指すべきであろうと思うが、それには、まず、開かれた会計、財務とすべきだろうね。隠ぺい体質の会計・財務では話にならないね。

<ちょいわる親父A>

デタラメとデタラメ、つまり非常識と非常識、無知と無知がくっつくと問題を起こす典型的なパターンであると思う。だから変えるのは容易ではないよ。 理解できない相手とはいくら話し合いしても無駄ですわ。

<ちょいわる神父F>

司祭の心は信徒の信仰によって成長する。しかし豊島教会では司祭の常識は信徒の常識によって成長するも、逆に司祭の非常識は信徒の非常識によって成長するとしたほうが合っている。

<ちょいわる神父G>

慈しみと愛があれば神はそこにおられる。神が私たちとともにおられるなら、すべては善に向います。その善が私たちを固く結びつけます。しかし豊島教会の主任司祭、教会委員、あなた方のなさっていることはますます悪に向っているように思われます。

<ちょいわる親父B>

浦野主任司祭の誤った見識に裏打ちされた指導でそれに盲目的に従っている教会委員や信徒もいるのだろうが気の毒だと思う。

<ちょいわる親父A>

さて、実は豊島教会は昔からか不思議なことに、普通はどこでも年に一度のはずの信徒総会が”臨時総会”と”定例総会”と称して2回ある。2010年度の総会は、1回目が2011年2月に”臨時総会”と称して監査報告までやっている。2回目は5月で、おなじく2010年度の決算報告、監査報告を”定時総会”と称してやっているわけよ。まったく同じ会計年度についてだよ。(資料室)

<ちょいわる親父C>

へえ~なんで? 総会は年に一度でしょうよ。それが普通だろうに。特別に緊急なことがあれば”臨時総会”を開催することはあるかもしれないが。

<ちょいわる親父A>

豊島では”臨時総会”という名称で、すでに前もって年間予定に入っているわけよ。つまり臨時総会、定時総会の言葉の使い方を理解していないのだろうと思う。(資料室)

<ちょいわる親父C>

いままでだれも疑問に思わないで、今日に至るか。

<ちょいわる親父A>

今回はその前の1月末にはいったん決算をして教区本部に豊島教会として2010年度の決算報告しているわけ。(資料室)

<ちょいわる親父C>

なんで毎年そんな手間暇かけているのかね。挙句の果て、いい加減な決算報告をしているとはなんじゃいね。こっけいだね。

<ちょいわる親父A>

このようにわけのわからないバカなことを、全く理解に苦しむことを平気でやっているのが豊島教会の主任司祭と教会委員だわね。 同じ宣教協力体のなかで教区本部への報告が一番遅れているのがこの豊島教会だそうだ。(資料室)余計おかしく感じられる。野氏はおまけに豊島教会の宣教協力体の担当者よ。恥ずかしくないのかね。

<ちょいわる親父C>

おかしいなー。

<ちょいわる親父A>

通常、総会は年に一度総括すれば足り、総会でもって一年間の収支報告、監査報告そして次期年度の予算案を可決すれば済むはずよ。豊島教会のやっていることはかえって不自然じゃない?

<ちょいわる親父B>

普通あり得ないことを平気でやっているということはどんな神経の持ち主なのかね?主任司祭にしても教会委員にしてもさ。

<ちょいわる親父C>

不正につながっているんじゃない?それとも本当に無知なのか?それともすべて承知の上なのか?

<ちょいわる親父A>

真っ先に不正があるのではと疑われても仕方ない。

<ちょいわる親父B>

手伝ってやったらどうなの?

<ちょいわる親父A>

最初はそう思ったけど聞く耳もたない人にいくら言ってもしょうがないでしょうよ。主任司祭自身が、信徒が何か言えばすぐ文書で出せだからな。 常識のない人とは付き合うのはむずかしいよ。正直疲れる。怒鳴っても直らないし、ぶん殴っても直らないでしょう。

<ちょいわる親父A>

教会委員になれる資格は70歳までというから、その制限を撤廃することを提案したこともあったが拒否されたね。教区司祭の定年は75歳だったと思うが。その割には信徒総会の議長にはずっと70過ぎのU田氏にお願いしたりして、結構主任司祭のやり方はご都合主義でやってるようだ。
予算の立て方について質問しても担当者が答えるのではなく、このU田議長がわけのわからない回答をしていたね。毎年、間違えた予算の立て方なので、それについて同じ質問を去年もしたが、同じ議長がまったく同じ回答を今年もしていた。

<ちょいわる親父B>

予算の立て方も進歩がないし、その議長もみんな進歩がないということか。

<ちょいわる親父A>

普通は教会委員長が議長になって担当者に説明させたりして議事を進行し1年間の総括をするものだが。豊島教会では今年も去年もあいかわらずデタラメな?議長さんでした。世間の感覚から言えば、教会委員長は議長としての責任を放棄しているような感じだったね。議長として総括できないような委員長は最初から役を引き受けないことだ。

<ちょいわる親父B>

そのための委員長だろうが。予算の立て方もデタラメと言うことか。

<ちょいわる親父A>

もともと総会の規約など整備されていないから、行き当たりばったりで適当にやっているのが豊島教会の現状だろう。他の小教区も大同小異かもしれない。

カトリック豊島教会に関して(その2)

登場人物

ちょいわる親父A(豊島教会信徒60歳代)

ちょいわる親父B(小教区信徒70歳代)

ちょいわる親父C(小教区信徒50歳代)

ちょいわる親父D(豊島教会信徒70歳代)

ちょいわる親父E (豊島教会信徒70歳代)

ちょいわる神父F(本部修道院K神父)

ちょいわる神父G(小教区主任司祭H神父)

ちょいわる神父H(修道会Y神父)

<ちょいわる親父A>

2011年5月の信徒総会はひどかったな、主任司祭とそれを取り巻く教会委員たちは何を考えているのかね。2月の収支報告書の誤りを指摘されたら、確認するなりして正しく訂正すれば済むことなのにね。長嶋と言う奴も乱暴だったね。ピタッと背後にくっついて、最初は質問者の後ろにいる意味がわからなかったが、質問が終わったらすぐマイクを取り上げようとする役だったようだ。長嶋の知人の外人部隊も騒がしくして質問の邪魔をしていたね。長嶋とジェームスの息使いが耳元でわかるほどの接近の仕方だったな。気持ち悪かったね。質問を最初から妨害しようとする意図が見え見えの総会だったね。こんな総会を主催した教会委員長と教会委員、頼まれて総会の議長役をしたU田氏、浦野雄二主任司祭たちは本当に良くないね。議長役のU田氏は、彼は見識ある人だと思っていたが、一般信徒を騙しているこのようなデタラメな収支報告に加担するとは思わなかったね。そんなデタラメな収支報告を神様が喜んでいると思っているのかね。

<ちょいわる親父B>

どうも今までのいきさつを想像するに、誤りを訂正することが理解できないのか、何か都合悪くてしたくないのか、よくわからないが、主任司祭は教会責任者としてこのままを通そうとするのかな。そんなことしていると神父としての生命はお終りじゃないの。そうでなくとも彼の人生の汚点となるね。そんなデタラメ神父を信用する信徒はいなくなるね。浦野神父はそんなことに気がつかないのかね。

<ちょいわる親父C>

主任司祭以外にも、献金からうまい汁を吸っている、無責任な取り巻き連中が豊島教会には大勢いるということだろう。そう思われても仕方ないな。

<ちょいわる親父D>

主任司祭も結構俗っぽく金にこだわっているのかもしれないね。こんなにも誤りを訂正したくない様子は異常ですな。すべて承知なのでしょうな、教会委員たちも。

<ちょいわる親父A>

しかし、ひどい教会の状況でしょう。いままでも収支報告に疑問もった信徒もいたはずだが、すべて主任司祭と一部の取り巻き連中につぶされてきたようだ。したがって私どももつぶされないようにあきらめないで法的問題も含めて対応をいろいろ考えていこうと思う。

<ちょいわる親父A>

2012年2月の信徒総会は、無事に終わったようだが、収支報告書関係が希望者だけにしか配りたくない豊島教会の様子はやはり隠ぺい体質そのものだね。後ろめたさのある主任司祭の教会はだいたい同じように消極的にしか配られていないな。一般的には自由に持っていけるように教会入口などに他の書類と並んで積んであるところがほとんどだろうと思うんだけどね。やましいところがなければ堂々と置いとけばいいのにと思うよ。もともと自信がないのだろうな。何か指摘されるのを恐れてのことだろうね。

<ちょいわる親父B>

この配布された報告書はA3判の大きさ1枚に表と裏を利用しているが、紙代の節約を考えて作成したようだが、必ずしも見やすいとはいえないね。一般的な収支報告書の形とはいえないし、ファイルしにくいな。

<ちょいわる親父C>

一般的なA4判4枚になっても、数字を比較しながらかえって見やすいのでは? 人それぞれかな?

<ちょいわる親父A>

わたしも、見慣れているせいかもしれないがA4判の方がいいね。役所は今はすべてA4判だからね。豊島教会は本部の収支報告書スタイルを真似したのかな?問題はその中身だね。この2月の収支報告書を見た時はびっくりしたね。やたら数字をいじくり回している感じだった。新しい会計担当者が参加したはずだし、K委員長にも、正しく報告されるだろうと期待していたが、結果は期待はずれだったね。今いる豊島教会のメンバーには誰一人としてまともに報告できる人がいないということのようだ。念のために税理士にチェックしてもらったが、詐欺、犯罪行為ではないかとまで言われてしまった。専門家の第三者にまでこのように言われてしまったことに、主任司祭はじめ関係者は今後どう対応するのだろう。

<ちょいわる親父B>

宗教法人の一端を形づくっているこの小教区豊島教会についての収支報告書は、少なくとも信義則に反しており、社会通念に照らしても許容される余地のない行為ということだろう。それよりも豊島教会に献金している善良な仲間を裏切って騙しているというこの事実をいつまで続けようとするのか。

<ちょいわる親父D>

ほんとうだね。あなたらが幾ら間違っていると言っても聞く耳もたない教会関係者はおかしいね。どうしようもない人たちだね。まったく進歩がないし、反省して前向きの議論が出来ればいいのにね。

カトリック豊島教会に関して(その3)

登場人物

ちょいわる親父A(豊島教会信徒60歳代)

ちょいわる親父B(小教区信徒70歳代)

ちょいわる親父C(小教区信徒50歳代)

ちょいわる親父D(豊島教会信徒70歳代)

ちょいわる親父E

(豊島教会信徒70歳代)

ちょいわる神父F(本部修道院K神父)

ちょいわる神父G(小教区主任司祭H神父)

ちょいわる神父H(修道会Y神父)

<ちょいわる親父A>

豊島教会の教会委員選出の方法もそれなりの過去のいきさつがあって現在の選挙制度、規則をつくられてきたと思うが、スッキリしない選挙制度だと思う。 選挙とは名ばかりで、投票数も獲得数も公表していないとは驚きだね。予備選挙も本選挙も公表しない。よくそれで良しとしてやってきたものだと思う。非民主的だし、よく選挙ですという言葉を使うと思ったね。

<ちょいわる親父C>

どこでも教会委員は主任司祭の言うとおりに選ばれているはずよ。だから教会委員は主任司祭の言いなりさ。それでうまくいっているところもある。

<ちょいわる親父A>

しかし、それでは主任司祭が悪さしたら教会委員は主任司祭に対して注意できないでしょう。その悪弊が長年豊島教会では続いているのだと思う。それを断ち切らないと岡田大司教が言うような”開かれた教会”にはならないでしょう。教会委員は主任司祭のイエスマンでは困るわけで、信徒の利益も代表しているわけだから。 デタラメな収支報告は主任司祭の利益を代表しているのか、信徒の利益を代表しているのか、それとも教会委員の利益を代表しているのか。少なくとも一般献金者である信徒を代表していないことだけは言える。

<ちょいわる親父B>

小教区は宗教法人法については直接関係ないが、本部教区とのつながり上、収支報告を本部教区にしなくてはならないわけ。だから各小教区からの収支報告はデーターとして本部教区の収支報告に組み入れられているわけで、それを本部教区は宗教法人法によって毎年文科省に報告しているわけなので、デタラメで良いということはないはず。 主任司祭がすべての権限を持って好き勝手にしても良いということではないだろうと思う。それだったら収支報告もいらないだろう。 誰に、どこに帰属するお金か、処分権限は誰にあるのかをはっきりさせないと、将来、ある小教区のように不動産絡みでトラブルが信徒と本部教区の間で起こる可能性がある。とくに小教区の統廃合の時には問題が起こる恐れがある。

<ちょいわる親父A>

献金などの処分権限などははっきりさせることができないのではないかな。主任司祭としてはいったん教会に入金されたものは自分の権限で自由に使いたいだろうし、信徒の献金者はそうは言っても、主任司祭の好き勝手にさせたくないだろうし、時には対立もするし、時には仲良く金を使うときもありで、常に問題は孕んでいる状態が現実だろう。本部教区は上納金さえいただければ、あとは小教区で好きなようにやってくれということなのかもしれない。それではあちこちで問題が起きるのは当たり前といえば当たり前ですね。

<ちょいわる親父B>

厄介なのは教会に帰属するお金といっても、豊島教会の場合、普通預金通帳名義が主任司祭の名前などが入っており、ややこしくなる。主任司祭が変わると通帳が変わるはずだが、そのため、前の主任司祭名義の通帳残高を次の主任司祭名義の新通帳に繰り越さないと正しい勘定ではなくなる。過去にはお土産として?繰り越さないで解約し、相当部分のお金を移動する神父に持たせたこともあったようだ。 いずれにせよ、主任司祭が自由に勝手に預金を下ろすことは可能な環境になっているようだね。そのためか、通帳は会計責任者が管理し、印鑑は主任司祭が管理していると聞いたことがある。高松の裁判で寄付金に関して司教が勝手に処理したことについて、司教の誤った認識について裁判長から指摘されたことを思い出すべきだと思う。教会に寄付されたお金でも司教はもちろん、主任司祭や教会委員が勝手に使っていいということではないということだよ。

<ちょいわる親父E>

豊島教会の現状は確かに異常だと思う。祈れば収支報告書の数字が正しくなるということではないので早急に関係者は善処しないと遅れると余計数字もわからなくなる。 わからくなることを願っている輩もかなりいるかもしれない。 長い間、主任司祭と教会委員とで適当にめちゃくちゃやってきたのだろうな。これを軌道修正するのは至難の業かも。

つづく